東京高等裁判所 昭和58年(行ケ)176号 判決 1985年10月24日
原告
サンセイ工業株式会社
被告
大栄化成株式会社
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
1 原告
1 特許庁が昭和57年審判第8998号事件について昭和58年6月22日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決
2 被告
主文同旨の判決
第2請求の原因
特許庁における手続の経緯
被告は、考案の名称を「家庭用の脱衣収容具」、考案者を今井勤(以下「今井」という。)とする、実用新案登録第1419641号考案(昭和53年10月9日出願、昭和57年2月26日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者であるが、原告は、被告を被請求人として、昭和57年4月28日、本件考案の登録を無効にすることについて審判を請求し、昭和57年審判第8998号事件として審理された結果、昭和58年6月22日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は、同年8月22日原告に送達された。
2 本件考案の要旨
1 支持台1の上方に適当間隔を隔てて脱衣箱3を配設し、この脱衣箱3を支持台1から立設した支柱2に支持させ、脱衣箱3と支持台1との間に上面開口状の洗濯籠4を出入れ自在に収容させ、この洗濯籠4の1側壁上部に衣服投入口8を形成し、この籠4に起状自在に提手12を装着してなる脱衣収容具。
2 実用新案登録請求の範囲第1項に記載の脱衣収容具において、洗濯籠の衣服投入口8を斜め上向きの傾斜面に形成したもの。
3 実用新案登録請求の範囲第1項又は第2項に記載の脱衣収容具において、脱衣投入口8の少なくとも下側縁9を、洗濯籠4の周壁から若干張り出して形成したもの。
4 実用新案登録請求の範囲第1項、第2項又は第3項に記載の脱衣収容具において、洗濯籠4の上面開口周縁11の一部に、提手12を収容する提手収容部11aを段落ち状に形成したもの。
5 実用新案登録請求の範囲第1項、第2項、第3項又第4項に記載の脱衣収容具において、支持台1に自在車輪15を付設して、脱衣収容具を移動自在に構成したもの。(別紙図面(1)参照)
3 審決の理由の要点
1 本件考案の要旨は、前項記載のとおりである。
2 そこで、まず本件考案と甲第3号証乃至甲第11号証(本項における書証番号は審判手続における書証番号による。)刊行物写とを対比するに、請求人(原告)の提出した甲第3号証実開昭52―135939号公報、甲第4号証実開昭52―35344号公報、甲第5号証実開昭51―61035号公報、甲第6号証実公昭49―3255号公報、甲第7号証実公昭36―16856号公報、甲第8号証実開昭53―42056号公報、甲第9号証実開昭53―113146号公報、甲第10号証実公昭40―5677号公報、甲第11号証米国特許第4003611号明細書の各写しには、本件考案の構成要件のうちの一部がそれぞれ断片的に記載されているも、前記構成要件中の「洗濯籠を出入れ自在に収容された支持台から支柱を立設しこの支柱に脱衣箱を支持させた」点が記載もしくは示唆されていない。
そして本件考案は前記構成要件により明細書記載の効果を奏する以上、本件考案が甲第3号証乃至甲第11号証刊行物に基づいて当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとすることはできない。
次に、本件考案の考案者が今井であるか否かについて審究するに、証人松本敏一の証言によれば、証人は、「企画会議にてモニターの結果から脱衣箱でなく、洗濯籠、それも複数の洗濯物入れが必要である。それとスペースの問題であまり大きくない物ということを発表し、又この脱衣籠の考案にタツチした者は証人と株式会社三研の社員である」旨証言しているが、証人が企画会議で発表したことが事実であつたとしても、その技術的な証言内容は希望的条件を提言したにすぎなく、かつその後証人と株式会社三研(以下「三研」という。)の社員とが共同してこの希望的条件を具体化して考案を完成させた事実も認められないので、証人が考案者であるとは認められない。
また証人は、「今井は実質上考案をしていない」旨証言しているが、被請求人(被告)の提出した乙第6号証、証明書写しの証明内容によれば、三研の社員野田泰三および西田憲生は今井の具体的な支持により本件考案の脱衣収容具を完成させたとしており、これを覆す証拠も請求人(原告)より提出されていない以上、証人は前記証明内容の事実を知らなかつたという外なく、よつて、証人の証言は採用できない。
以上説示したとおりであるから、請求人(原告)の主張する理由および証拠方法によつて本件考案を無効にすることはできない。
4 審決を取り消すべき事由
1 取消事由(1)
本件考案は、松本敏一(以下「松本」という。)野田泰三(以下「野田」という。)及び西田憲生(以下「西田」という。)の共同考案にかかるものであつて、今井は本件考案の考案者ではなく、したがつて本件考案の実用新案登録出願はいわゆる冒認出願であるにもかかわらず、審決は、この点についての認定、判決を誤つたものであつて、違法である。
すなわち、本件考案の実用新案登録出願当時被告会社の社員であつた松本は代表取締役である今井より脱衣籠の新しい商品を開発するための調査を命ぜられたため、家庭訪問をするなどして調査活動を行つた。そして、松本は、その調査結果に基づき、被告会社の企画会議において、脱衣籠はなく、複数の洗濯物入れが必要であること、スペースの関係であまり大きくないものが望ましいことを報告し、上段に脱衣籠、下段に洗濯籠を配設するという、本件考案の基本的構成を自ら創作して発表した。右企画会議には、三研の社員である野田と西田の2名が出席し、同社は企画会議での結果に基づいて洗濯籠のサンプルを作成したが、松本が右のとおり創作したものが最終的なサンプルに具体化されている。今井は、企画会議において決裁の役割と商品の大きさやメツシユの点について発言したにすぎず、本件考案には全く関与していない。また、三研は被告会社に対し、本件考案にかかる物品の開発に関する研究費用として、「商品研究」の名目で金15万円を請求し、被告会社より右金額の支払いを受けており、このことは本件考案に関する前記開発経過を裏付けるものである。
右事実は、甲第3号証(本件審決事件における昭和58年2月15日口頭審理調書)、第13号証(三研の被告会社に対する請求書)、第14号証の1・2(振込依頼書及び振替伝票)、第17号証(西浦良子作成の証明書)、第18、第19号証(いずれも松本作成の説明書)により明らかであり、右事実によれば、本件考案の考案者は、松本、野田及び西田であり、今井は考案者ではないというべきである。
審決は、「松本が企画会議で発表したことが事実であつたとしても、その技術的な証言内容は希望的条件を提言したにすぎなく、かつその後松本と三研の社員とが共同してこの希望的条件を具体化して考案を完成させた事実も認められないので、松本が考案者であるとは認められない。」旨認定しているが、前記のとおり、松本は、その調査結果に基づいて、企画会議なおいて、複数の洗濯籠が必要であることや籠を2段に配設すべきであることなど、本件考案における基本的かつ重要な構成について最初に提言したものであり、その内容は単なる希望的条件ではないし、また松本の右提言がなければ、本件考案は完成に至らなかつたものというべきであつて、松本が本件考案の考案者であることは明らかであり、審決の右認定は誤りである。
なお、審決は、三研の社員が今井の具体的な指示により本件考案を完成させた事実を松本は知らなかつたというほかはないとして、松本の「今井は実質上考案をしていない」旨の証言は採用できないとしているが、今井より三研の社員に対して指示などなかつたのであるから、審決の右説示は失当である。
2 取消事由(2)
本件考案の構成要件中の「洗濯籠を出し入れ自在に収容させた支持台から支柱を立設しこの支柱に脱衣箱を支持させた」点は、本件考案の実用新案登録出願前に頒布された実用新案出願公開昭52―35344号公報(甲第5号証、以下「引用例」という。)に示唆されているにもかかわらず、審決は、これを誤認し、その結果、本件考案は当業者がきわめて容易に考案をすることができたものとすることはできないと誤つて認定、判断したものであつて、違法である。すなわち、
(1)(1) 引用例には、下段の脱衣籠11を出し入れ自在に収容させた支持用の2本の横4、4から支柱1、1aを立設し、この支柱1、1aに脱衣籠10を支持させた構成が記載されている(符号については、別紙図面(2)参照)。
(2) ところで、引用例記載の考案において、本件考案における洗濯籠4に相当するものは、下段の脱衣籠11であるが、この下段の脱衣籠11には洗濯用の衣類をも収容できることは明らかであり、かつ、洗濯物を収容する物の存在が周知であることは、実用新案出願公告昭49―3255号公報(甲第7号証)や実用新案出願公開昭53―11314号公報(甲第10号証)によつても明らかである。
(3) 次に、本件考案における支柱2は支持台1から立設されているのに対し、引用例記載の支柱1、1aは床面から立設されているが、支柱が支持台から立設させても、あるいは床面から立設されても、支柱としての作用効果に格別の差異をもたらさない程度の設計上の微差であつて、右支柱の立設構造の相違により支柱についての技術的思想が異なるものと考えることはできない。
なお、甲第7号証記載の考案における支柱1、1は洗濯物入れとして使用できる物品収納部Bの底部を支える連結横杆4、4から立設されているのであつて(符号については、別紙図面3参照)、これによつても、支柱が支持台から立設される構成自体は公知のものであるということができる。
(4) さらに、本件考案における支持台1も、引用例記載の考案における横棧4、4も洗濯籠あるいは脱衣籠を保持するものであつて、その作用効果に差異はなく、また本件考案における洗濯籠4は脱衣箱3と支持台1との間に出し入れ自在に収容させたものであり、引用例記載の考案における下段の籠11も上段の籠10と支持用横棧4、4との間に出し入れ自在に収容させたものであつて、両者間に技術的思想としての相違点はない。
2 本件考案の構成要件中の「洗濯籠を出し入れ自在に収容させた支持台から支柱を立設しこの支柱に脱衣箱を支持させた」ことに基づく効果は、(イ)比較的狭い場所を利用して当該脱衣収容具を設置することができること、(ロ)右脱衣収容具においては、脱いだ衣服を分別して収容することができること、(ハ)洗濯籠が出し入れ自在で取扱いが容易であることであるが、引用例記載の考案においても右各効果を奏するものであつて、本件考案における右各効果は、格別のものであるとはいえない。
以上のとおりであつて、引用例には、本件考案の構成要件中の「洗濯籠の出し入れ自在に収容させた支持台から支柱を立設しこの支柱に脱衣箱を支持された」点が示唆されているものというべきである。
しかるに審決は、これを否定し、その結果本件考案の進歩性に関する判断を誤つたものである。
第3被告の答弁及び主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4は争う。
1 取消事由(1)について
前記甲第3号証の記載のうち、松本が本件考案と係りをもつたとされている点は、昭和53年6月頃、今井から新しい脱衣籠を開発するについて調査するよう指示を受け、同月中に四軒の家庭を訪問し、その主婦に脱衣籠の使用状態、設置状態に関したモニター調査を実施したこと、その結果、脱衣籠は洗濯籠として用いられているが、洗濯籠としては、色もの等の衣類を区分するために複数の容器が必要であることや限られたスペースに設置できるものが望まれていることを知つたこと、同月下旬頃被告会社で行われた企画会議の席で新しい収容具は脱衣籠としてではなく、洗濯籠であり、しかも複数の容器をセツトとして組み合わせるものにしたらどうかという意見を述べた、という部分にすぎない。
仮に、松本が企画会議の席で右のような発言をしたということが事実であつたとしても、その内容たるや、4人の主婦から得た意見をそのまま漠然と披露したというにすぎず、技術的には全く具体性に欠け、本件考案の脱衣収容具のような具体的な物品の形状、構造の組合せを技術的に完成していくについて、直接、実質的に寄与したといえるものでないことは明らかである。
本件考案が今井独自の発想によるものであることは、三研の社員である野田及び西田作成の証明書(乙第1号証)によつても明らかであり、被告会社は、今井より本件考案につき実用新案登録を受ける権利を譲り受けたものである。
なお、三研は、考案者今井が商品化を企画していた本件脱衣収容具の基本構想を、その詳細な指示にしたがつて具象化していくのを補助したデザイン製作者であり、原告主張の金員もそのアシスタントフイーとして支払われたものである。
以上のとおりであつて、原告の取消事由(1)の主張は理由がない。
2 取消事由2について
原告は、引用例には、下段の脱衣籠11を出し入れ自在に収容させた支持用の2本の横棧4、4から支柱1、1aを立設し、この支柱1、1aに脱衣籠10を支持させた構成が記載されている旨主張するが、右構成は引用例に開示されている技術内容と全く符合しない。
すなわち、引用例記載の考案の実用新案登録請求の範囲及び図面(第1図)によれば、引用例記載の考案は、左右に対向する支柱1、1a間に上下2本の横棧3、4を架設して組立てられ、かつ前後支柱1、1aが横梁2、2aを介して互いに一体に構成され、前後2本の各横棧3、4間に上下脱衣籠を、その各両端耳片部で吊持した構造のものである。
したがつて、引用例記載の考案と本件考案とは、(イ)本件考案における支柱2は支持台1から立設されているのに対し、引用例記載の考案においては、本件考案の支持台1に相当するものは存在せず、したがつて、支柱1、1aは支持台から立設されていない、(ロ)引用例記載の考案においては、本件考案の洗濯籠4に相当するものは、支柱間に架け渡された横棧4、4に吊持状態で支承されているのに対し、本件考案にかかる脱衣収容具にはこのような横棧はなく、洗濯籠4は直接支持台1の上面に出し入れ自在に載置収容する構造になつている点で、顕著に相違している。
原告は、本件考案におけるような支柱が支持台から立設される構成自体が公知のものであるとして、その根拠として、甲第7号証記載の考案において支柱1、1が物品収納部Bの底部を支える連結横杆4、4から立設されている構成を開示している旨主張するが、右考案において、物品収納部Bは袋体7を門型水平枠杆5、掛止部5'及び掛杆6を介して支柱の一部から吊下げてなるものであつて、原告主張のような構成とはなつていない(そもそも、袋体7は保形性がなく、これだけを連結杆4、4上に支持ないし載置することは不可能であり、袋体7を前記門型水平枠杆5、掛止部5'及び掛杆6に袋体7を止着してはじめて物品収納部Bを構成するものである。そして、この物品納部Bは、あくまで衣類等の物品収納用のものであり、かつ、本件考案にかかる収容具の洗濯籠4のように手軽に取り出したり持ち運びできるような構造のものではなく、右洗濯籠4と均等のものであるとはいえない。)
原告は、本件考案における支持台1も引用例記載の考案における横棧4、4も、籠を保持するものであることに差異はない旨主張するが、右支持台1と横棧4、4とは、その構造も支持手段も全く異なつている。すなわち、前者は、洗濯籠4をそのまま台上に載置する構造のものであるのに対し、後者は、脱衣籠11の両端にわざわざ突設した耳片部分を、支柱間に架け渡した横棧4、4に吊持させた構造のものである。そして、本件考案にかかる脱衣収容具においては、支持台1上に洗濯籠4をそのまま載置するようにしたものであるから、引用例記載のものに較べて、洗濯籠の出し入れがきわめて簡便であり、日常の使い勝手において著しく勝れている。
以上のとおりであつて、引用例には、本件考案の構成要件中の「洗濯籠を出し入れ自在に収容させた支持台から支柱を立設しこの支柱に脱衣箱を支持させた」点が示唆されていないことは明らかであり、原告の取消事由(2)の主張は理由がない。
第4証拠関係
証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告主張の審決を取り消すべき事由の存否について検討する。
1 取消事由(1)について
成立に争いのない甲第3号証(但し、後記措信しない部分を除く。)、原本の存在及び成立に争いのない甲第13号証、第14号証の1・2、第15号証の1ないし4、第16号証の1ないし3、成立に争いのない甲第17号証、第18号証(但し、後記措信しない部分を除く。)、第19号証(同上)、乙第1号証ならびに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、被告は、合成樹脂の製品の加工・販売等を目的といる会社であり、代表者である今井は、本件考案の実用新案登録出願当時、企画部長も兼ねていたこと、松本は、大阪総合デザイナー学院において主として室内装飾等について修得し、昭和53年2月より同56年6月まで被告会社の企画部員として勤務したこと、被告会社では、新しいタイプの脱衣収容具を開発すべく、デザイン製作を専門とし、従前から被告会社より依頼を受けて数種の商品のデザインの制作を手がけけていた三研に対し、昭和53年4月頃、そのモデル(ペーパーモデル)の作成を依頼したこと、右依頼に際して、脱衣収容具の基本的構造、それを構成する脱衣箱や洗濯籠の基本的形状、側壁のメツシユのデザイン等に関する今井の構想を示したこと、三研は、これをもとに、脱衣箱、洗濯籠、支持台のサイズ及びメツシユのデザイン等について検討し、各種サイズのモデルを作成したこと、同年6月頃被告会社で数回にわたり企画会議が開かれ、今井のほか、松本ら企画部員が出席し、これに三研からデザイン部長野田、同部員西田が列席して、三研の作成した前記モデルをもとにして、脱衣箱と洗濯籠の配置等について種々検討した結果、今井の発案により、本件考案のような構成の脱衣収容具を採用することとしたこと、これより先、松本は、今井より、同年6月上旬頃、脱衣収容具の新製品を開発するについて調査を命ぜられ、知合いの主婦ら4名の者から、脱衣籠を脱衣場に置く際の適当な大きさ、従来の脱衣籠の不便な点、脱いだ衣類をどのように収容する容器があれば便利であるかなどについて調査したこと、右調査により、脱衣籠は洗濯籠にも用いられるものであり、その場合、洗濯物の種類に即し、複数の洗濯籠が必要であることやあまり大きくないスペースのものが望ましいことなどが判明したので、松本は、企画会議の席上その旨を発表したこと、しかし、松本には、複数の籠(脱衣籠のほか数個の洗濯籠)をどのように配置するかなどについての具体的な構想はなく、企画会議等において提言したこともなかつたこと、三研は被告会社に対し、前記モデル作成等に対する対価として、「商品研究」の名目で金15万円を請求し、被告会社は、昭和53年7月10日頃金員を三研に支払つたこと、以上の事実が認められる。
前掲甲第3号証、第18号証及び第19号証の各記載中右認定に反する部分は、たやすく措信できず、他に右認定を左右すべき証拠はない。
右認定事実によれば、本件考案の考案者は今井であると認めるのが相当である。松本は、主婦から得た調査結果を企画会議の席上発表したにすぎず、本件考案にかかる脱衣収容具の形状、構造又は組合せを技術的に完成するについて、直接、実質的に関与したところは存しないから同人が本件考案の考案者でないことは明らかであり、三研ないしその社員である野田及び西田は、今井の示した基本的構造に基づいてモデルの作成等に当たつたものであつて、単なる補助者にすぎないものと認められる。
以上のとおりであつて、本件考案の実用新案登録出願は冒認出願である旨の原告の主張を排斥した審決の認定、判断に誤りはなく、原告の取消事由(1)の主張は理由がない。
2 取消事由(2)ついて
成立に争いのない甲第2号証(実用新案出願公告昭56―25590号公報)によれば、本件考案、「脱衣箱と洗濯籠とで構成した家庭用の脱衣収容具に関し、脱衣箱と洗濯籠とを比較的狭い場所に整頓して置けるようにし、入浴時などに脱いだ衣類を、所望によつては洗濯が必要であるものと、その必要でないものとに分別して収容できるようにし、洗濯籠への衣服の投入を容易に行えるようにするとともに、この籠に入れた衣服を外から見にくくして、体裁よく収容できるようにすることを目的とする。(第1欄第37行ないし第2欄第8行)ものであり、右目的を達成するために、「脱衣箱と洗濯籠とを上下多段状に配設して、洗濯籠の上方を脱衣箱で覆うようにする一方、この籠の一側壁上部に衣服投入口を形成した点に特徴を有する。」(第2欄第9行ないし第13行)こと、そして、前記本件考案の要旨記載のとおりの構成としたことにより、「(イ)程良い高さに脱衣箱を設け、その下方空間を利用して洗濯籠を収納するので、少ない設置ペースに脱衣箱と洗濯籠とを整頓して置く事ができ、比較的狭い場所を利用して設置する事ができる。(ロ)入浴時などに脱いだ衣服のうち汚れているものは分別して洗濯籠に収容する事ができるので衛生的であるうえ、洗濯籠の上方を脱衣箱で遮つて、洗濯籠の内方を見えにくくするので、見苦しさがなく、体裁よく脱衣を収容しておける。(ハ)洗濯籠の一側壁上部に衣服投入口を設けるようにしたので、衣服を側方から直接投げ入れる事ができ、脱衣箱と洗濯籠との間が狭い場合も、正立姿勢のまま簡単に投入する事ができる。(ニ)洗濯籠は脱衣箱と支持台との間に出し入れ自在であるうえ、提手を装着しているので、その取扱いが容易であり、又、洗濯前及び洗濯後の洗濯物の運搬を楽に行う事ができる。」(第4欄第2行ないし第19行)という作用効果を奏するものであることが認められる。
ところで、原告は、引用例には、下段の脱衣籠11を出し入れ自在に収容させた支持用の2本の横棧4、4から支柱1、1aを立設し、この支柱1、1aに脱衣籠10を支持させた構成が記載されているとし、このことを前提として、その主張の事実摘示第2の42掲記の理由により、引用例には、本件考案の構成要件中の「洗濯籠を出し入れ自在に収容させた支持台から支柱を立設しこの支柱に脱衣箱を支持させた」点が示唆されているとみるべきである旨主張する。右主張は、引用例記載の考案の技術内容を前記のとおり理解したうえ本件考案を引用例その他の先行技術と対比して、本件考案を構成するため結合、配置された各個の構成要素について、それが単なる用途の相違にすぎないこと(事実摘示第2の42(1)の(2)前段)、引用例の一部を周知ないし公知技術で置換えたものであること(同(2)後段、同(3)第2段)、単なる形状の変更にすぎないこと(同(3)第1段)、技術的思想を同じくすること(同(4))を指摘するとともに、本件考案の作用効果には格別のものがない(事実摘示第2の42(2))とし、以上を総合して、本件考案の進歩性を否定する趣旨のものであると解せられる。
そこで、右主張の当否について検討する。
成立に争いのない甲第5号証(実用新案出願公開昭52―35344号公報)によれば、引用例記載の考案の実用新案登録請求の範囲は、「左右に対向する支柱間に上下2本の横棧を架設して組立てられかつ前後支柱が横梁を介して互いに一体に構成さているものにおいて、上記支柱は中空で、上下2段階にわたつて、第1の挿入孔、第2の挿入孔を具備し、両挿入孔のうち、一方の挿入孔は左右対向する支柱の面とはほぼ直交する面に穿設され、これには対応する横棧の先端に形成した鈎状部が挿入されており、他方の挿入孔は左右対向する支柱の面に穿設されかつ斜めの方向に傾斜ガイド面で有し、上記挿入孔には、上記傾斜ガイド面を介して、鈍角に屈折した対応する横棧の先端が挿入孔され、支柱の内壁に対して、その屈折部および先端を圧接されている構造となつていることを特徴とする脱衣籠の支持枠構造」であること、右実用新案登録請求の範囲と図面の記載(別紙図面(2)参照)によれば、引用例には、前後の支柱1、1aがそれぞれ横梁2、2aと一体となつたものを前後に対向させて配設し、その対向する支柱間に上下それぞれ2本の横棧3、4を架設して脱衣籠支持体を組立て、脱衣籠10、11の上縁部両端に形成した係止片(耳片部)を、前記前後の支柱間に架設した横棧3、4に係止して、脱衣籠10、11を上下の横棧3、4に吊持するようにした脱衣籠の支持枠構造が開示されていることが認められる。
右認定事実によれば、引用例記載の考案においては、下段の脱衣籠11は上縁部両端に形成された係止片が横棧4、4に係止して吊持された構成となつていて、脱衣籠11はその支持枠に出し入れ自在に収容されているとはいえず、また支柱1、1aは横棧4、4から立設されているわけではないから、引用例には、原告主張のような前記構成は記載されていないものというべきである。
ところで、前記認定のとおりであり、引用例記載の考案においては、上下2段に脱衣籠が配設されており、下段の籠を洗濯物の収容籠として使用するものとすれば、この限りでは本件考案と共通する構成を採つているといえるが、引用例記載の考案においては、本件考案における支持台1に相当する構成部材は存せず、したがつて支持台から支柱を立設した構成ともなつていないから、引用例記載の考案が本件考案における「洗濯籠を出し入れ自在に収容させた支持台から支柱を立設しこの支柱に脱衣籠を支持させた」構成を具備していないことは明らかである。
原告は、本件考案と引用例記載の考案における支柱の立設構造の相違は設計上の微差にすぎず、甲第7号証(実用新案出願公告昭49―3255号公報)によれば、そもそも支柱が支持台から立設される構成自体公知のものであり、また引用例記載の考案においても横棧4、4は下段の脱衣籠11を保持し、しかも右脱衣籠11は出し入れ自在に収容されているから、この点も本件考案とは差異がなく、引用例記載の考案における各部の構成は本件考案と技術的思想を同じくするものである旨主張する。
しかしながら、先に認定した本件考案と引用例記載の考案のそれぞれの技術内容が示す全体的な関連構成(すなわち、本件考案においては、支柱は支持台から立設したものであり、この支柱に脱衣箱を支持させ、一方、支持台には洗濯籠を出し入れ自在に収容し、これにより、脱衣箱と洗濯籠を支持台及び支柱を介して特定の配置にするという各構成要素の関係構造を示し、また引用例記載の考案においては、本件考案の支持台に相当するものはなく、立設した支柱間に架設された上下の横棧が脱衣籠2個を吊持するという各構成要素の関係構造を示している。)のもとにおいては、支柱の立設構造の相違を単なる設計上の微差にすぎないものとすることは相当ではない。成立に争いのない甲第7号証によれば、実用新案出願公告昭49―3255号公報記載の考案は、物品収納袋付ハンガースタンドに関するものであるが、左右一対の脚杆11、11を連続横杆4、4……で互いに連結固着して形成する台枠の最後部に横架した連結横杆4に、支柱1、1を連結定立してハンガースタンドAを形成し、この支柱の一部から物品収納部Bを吊下げてなるものであり(別紙図面(3)参照)、台枠の連結横杆4、4……は物品収納部B(袋体7)の底部を支えるのみで、それを載置するものではないことが認められるから、連結横杆4、4……を本件考案の支持台と同視し、支持台から支柱を立設すること自体が公知のものであつたとする原告の主張も採用できない。また引用例記載の考案における横棧4、4は下段の脱衣籠11を吊持するものであつて、本件考案における支持台1のように籠を載置するものではなく、したがつて、引用例記載の考案においては、下段の脱衣籠11は出し入れ自在に収容させたとは認め難い。したがつて、原告の右主張はすべて理由がない。
さらに、原告は、本件考案の構成要件中「洗濯籠を出し入れ自在に収容させた支持台から支柱を立設しこの支柱に脱衣籠を支持させた」構成に基づく効果は、(イ)の比較的狭い場所を利用して当該脱衣収容具を設置することができること、(ロ)右脱衣収容具においては、脱いだ衣服を分別して収容することができること、(ハ)洗濯籠が出し入れ自在で取扱いが容易であることであるが、右効果は、引用例記載の考案によつても奏しうるものであるから、本件考案における右の効果は格別のものであるとはいえない旨主張するが、引用例記載の考案においては、右(ハ)の効果を奏しないことは前記説示のとおりであつて、原告の右主張も理由がない。
以上のとおりであつて、引用例には、本件考案の構成要件中の「洗濯籠を出し入れ自在に収容させた支持台から支柱を立設しこの支柱に脱衣箱を支持させた」点が示唆されている旨の原告の主張は理由がないものというべきであり、審決の認定、判断に原告主張の誤りはなく、原告の取消事由(2)の主張も理由がない。
2 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。
(蕪山嚴 竹田稔 濱崎浩一)
<以下省略>